青い糸と朝の猫
京都の小さな銭湯、松の湯の前に、古いベンチがあった。最近、そのベンチに毎朝ちがう猫が座っていた。
店主の真理は、大学生の娘、由衣に一週間分の写真を見せた。「月曜は黒、火曜は白、昨日は茶色よ。昨日の猫は中まで入って、客が転びそうになったの」
「誰かが連れて来るの?」と由衣が聞いた。
「分からない。だから今朝はここで待つ」
二人は店の中から、ガラスのドアの向こうを見た。外は雨で、道路もベンチもぬれていた。
「写真をもう一度見せて」と由衣が言った。由衣は三枚の写真をテーブルに並べた。
「変ね。雨の日の猫も、足がきれいで乾いている」
「屋根の下を歩いたんじゃない?」
由衣は黒い猫の足を指した。「ここに青い糸がある。白い猫の写真にもあるよ」
その時、自転車のベルが鳴った。毎朝タオルを届ける森が、大きな青い箱を持って来た。森が箱をベンチの横に置くと、中で何かが動いた。
由衣がドアを開けた。「森さん、その箱を見せてください」
森は手を止めた。「タオルだけですよ」
箱の中から、「にゃあ」と声がした。
真理は腕を組んだ。「タオルは鳴かないわ」
森は箱を開けた。白い猫が顔を出し、青い糸を足につけていた。
「申し訳ありません」と森が言った。「近所の動物を守る会に猫が多すぎるんです。ここなら人がたくさん来るから、家に連れて帰る人がいると思いました」
「それで毎朝、一匹ずつ?」
「はい。でも、勝手に置いたのは悪かったです」
真理は白い猫を見たあと、ぬれたベンチをタオルでふいた。「毎朝はだめ。店が開く前もだめ」
森は青い箱を持ち上げた。「もう連れて来ません」
「待って」と真理が言った。「日曜の午後なら、私に先に連絡して」
由衣は店の紙を一枚取り、裏に大きく書いた。「猫に会いたい方は、日曜の午後にどうぞ」