傘が直る前に
金沢の通りで、美咲は傘を直す小さな屋台を出していた。雨がやんだ午後、浩平が青い傘を持って来た。昨日、美咲が直した傘だった。
「またですか」と美咲は言った。
「またです。わざとじゃありません」
「まだ何も聞いていませんよ」
美咲が傘を開くと、一本の骨が曲がっていた。昨日は別の骨を直した。先週は布の小さな穴を直した。浩平はそのたびに、直った傘を大事そうに持って帰った。
「自転車のかごに入れたんですか」
「はい。道で急に止まって、傘が前に落ちました」
「前もかごでしたね」
「はい。今度から手で持ちます」
美咲は曲がった骨を指で押した。少し戻ったが、すぐに曲がった。浩平は屋台の端に小さな紙の袋を置いた。
「お茶を買って来ました。まだ温かいです」
「修理の代金とは別ですよ」
「分かっています。二つあります」
美咲は手を止めた。先月、浩平にお茶を飲もうと言われたとき、美咲は傘が直ったら、と答えた。それから浩平の傘は何度も屋台に戻って来た。美咲は袋を見たまま、針を机に置いた。
「傘が直るまで、待つつもりでしたか」
「昨日は直っていました。今朝、また壊れました」
「わざとじゃないんですね」
「はい。でも、壊れなくても来ていいですか」
通りを歩く人が、屋台の前で傘を閉じた。美咲は青い傘をたたみ、浩平の手に渡した。
「これは明日直します」
「今日はいいんですか」
「お茶は今日、飲みます」
浩平は袋から一つ出し、美咲に渡した。美咲は温かい入れ物を両手で持った。
「その傘、自転車のかごには入れないでください」
「はい。今日は手で持って帰ります」
美咲は屋台の内側から椅子を一つ出し、浩平の横に置いた。