最後の一球
高知の南浜高校は、去年の夏に一度も勝てなかった。今年の夏は一試合だけでも勝ちたい。九回の終わり、点はまだ入っていなかった。二人がアウトで、亮が三塁にいた。打席には悠真が立っていた。悠真の足は重く、手にはもう力が入らなかった。
新しい監督の佐伯が、ベンチから近づいた。佐伯は野球をしたことがなかった。「打てそうか」と佐伯が聞いた。「分かりません」と悠真は言った。三塁の亮が、ひざに手を置いて息をしていた。「亮は走れるか」と佐伯が聞いた。亮は顔を上げた。「走れます。でも、次の試合には来られません」。悠真は亮を見た。「どうしてだよ」。「明日から家の店を手伝うんだ」。佐伯はうなずき、ベンチに戻った。
相手の投手、海斗がボールを持った。海斗も何度も息をつき、なかなか投げなかった。悠真はバットを強く持ち直した。「無理に打つな」と亮が言った。「お前が走るのか」。「ボールを見てくれ」。海斗が投げた。ボールは低く来て、後ろへ転がった。亮が走った。悠真はバットを置き、ホームの横へ下がった。海斗がボールを拾った時、亮はホームを踏んでいた。
ベンチから仲間が出て来た。佐伯も来たが、亮はまだ立てなかった。「勝ったぞ」と悠真が言った。亮は土のついた手を見た。「次は来られないって、聞こえたか」。「聞こえたよ」。悠真は亮のそばに座った。佐伯が二人の前で止まった。「今日は帰る前に、ボールを集めてくれ」。亮が一つ拾って、悠真に投げた。